King's Ring

− 第11話 −




「…ここは?」
これが目覚めた不二の第一声だった。


「自分の城だろうが」
「手塚、それにリョーマ君も…」
天井を見上げていた不二の視線は、声が聞こえた方向に向く。
そこには自分を心配そうに見つめるリョーマと、その横で無表情を作り上げている手塚の顔。
けれども、長い付き合いから、手塚のその無表情の中に、呆れたような、安堵したような、どちらとも取れる表情も見える。
「…手塚、君には酷い事をしたね。違った。リョーマ君にもだね…」
やんわりと微笑む不二は、昔と何も変わらない優しいものだった。
その笑顔にリョーマは肩の力を抜いて手塚を見上げれば、手塚もリョーマと視線を合わせて頷いていた。
「記憶はあるのか」
「うん。意識も身体も乗っ取られちゃったけど、全部この目で見ていたからね」
五感を奪われても、この身体は不二周助のもの。
この何年間、自分の身体を少し後ろから見ているような感覚だった。
自分の身体が自分の意思で動かせないもどかしさに、どれだけ唇を噛み締めた事か。
「それで、奴は…」
「漆黒の王の事だね。彼の名前は跡部景吾…この大地からはるか彼方の先にある僕達の知らない大地に住む王だよ」
喋りながら起き上がろうとする不二に手塚は手を貸せば、ゆるく首を横に振って自分の力だけで起き上がった。
「それで奴との関係は?」
「かなり前だよ。彼が僕の意識に話し掛けてきたのは。彼の話によれば、王の指輪の伝承は昔からこの国の王だけと伝えられていたけど、実際はこの世界全ての王にその権利があるんだって」
不二は自分の胸だけに秘めていた出来事を話し始めた。

今よりももっと幼い頃。
リョーマと出会い、手塚の話からリョーマが王の指輪だと知った頃。
…リョーマを愛しいと思い始めた頃。
知らず知らずのうちに『彼』は意識の中に入り込んで来た。
友好的な態度を取っていたので、それほど警戒しなかったのが誤算。
不二の意識は長い時間を掛けて浸食されていった。
全ての意識が『彼』の物となった瞬間は、自分の未熟さにどれだけ嘆いた事か。

「…リョーマ君はこの世界全ての王が渇望する存在なんだよ」
黙って聞いていたリョーマは、そっと手塚の腕を掴む。
「……でも、リョーマ君は手塚を選んだよね。それじゃ、早く儀式を済ませないと」
「儀式?何だ、それは」
身体を繋げれば、指輪を手にする事が出来ると思っていた手塚は、意味がわからずリョーマへと疑問を投げ掛ける。
「あのね、王と指輪の繋がりを確固する為に本物の指輪があるんだ。それを取りに行ってお互いの指にはめないと正式な契約は結ばれない…」
本来ならば指輪は王を選んだ時に、この儀式の内容を伝えなければいけなかったのだが、まずは不二の問題を片付けるのが先だったので、リョーマは手塚には伝えていなかった。
「ならば、今すぐにでも行かなければ」
自分とリョーマの関係が仮の契約だとすれば、他人の意識を乗っ取る技を持っている王が存在すると知った今、暢気に構えてなどいられない。
もしも、今度は王では無く、リョーマの意識を奪われてしまえば、簡単に指輪は他の王に手に落ちる。
「そうだね。僕はもう大丈夫だから、早く城に戻って儀式を済ませた方がいいよ」
「儀式を済ませたらまた戻る。リョーマ、行くぞ」
「あ、うん。周助、また後でね」
「……手塚、リョーマ君。本当にゴメンね」
「もう気にしないでいいよ」
軽く手を振るリョーマの腰を抱いた手塚は、呪文を唱えて不二の前から去れば、一気に静まった室内。
不二は大きな溜息を吐いてベッドに横になる。
「まさか、僕が操られるなんてね…」
ただリョーマの事が好きだっただけなのに。
その気持ちに付け込まれて、長い間、操られていた。
自嘲気味に笑う不二の瞳からは一粒の涙が零れ落ち、頬を伝いシーツに吸い込まれていった。


「…それで儀式とは?」
「ん、こっち」
2人が足を着けたのは、リョーマが住まう城内。
急に現れたリョーマと手塚の姿に、驚きながらも喜ぶ城内の人々。
だが、構っている暇など二人には無く、手塚はリョーマに案内されて城の中へと進んで行く。
「…ここ」
城の最奥に位置する巨大な扉には頑丈な鎖が幾重にも掛けられていたが、リョーマが鎖に軽く手を触れると、その鎖はいとも簡単に外れ、今度は2人を護るように周囲に張り巡らされた。
「これは…?」
「これで儀式の間は誰も入らないようにしてるんだよ。えっと、結界みたいなものかな」
そう言うと、リョーマは手塚の前に膝を着く。
「リョーマ?」
「光の王、手塚国光。あなたに俺の全てを捧げます」
何が始まったのかわからないでいる手塚の左手を取ると、その薬指に唇を寄せた。
柔らかな感触は一瞬のもので、ゆっくり立ち上がったリョーマの顔には表情は無く、その後「俺に着いて来て」と言いながら、扉の中に入っていく。

灯りの無い室内をリョーマは淡々と歩き、手塚はその後を着いて行くだけだった。
暗闇ではここの広さはわからないが、黙って歩いているので、やけに長く感じていた。
「…何だ?」
少し先がほんのりと明るい。
だが、何が待っているのか謎であるが故、手塚はリョーマの後を歩くしかないが、暫くして仄かに明るい場所に出て目に入ったのは、見事な鍾乳洞と水の上に作られた細い道。
水の深さはわからないが、その先には何かを祭っているのか祭壇が見受けられた。
ここに来て、漸くリョーマは手塚を振り返って、ニコリと笑った。
「儀式はあそこでやるんだよ」
そして、また歩き出す。

辿り告いだ祭壇の上には、銀で出来た二対の指輪が置かれていた。
表面に文字が刻まれていたが、どうやら古代文字のようで手塚には理解が出来ない。
「国光、左手を出して」
その一方を恭しく指で掴んだリョーマは、差し出された左手の薬指に指輪をはめる。
はめた時、サイズはぶかぶかだったが、指輪が第二関節を通り抜けると、指の太さに合うようにじわじわと締まっていった。
その不思議な感覚に、身が引き締まるような感覚がしたが、ほんの一瞬の出来事だった。
「もう一個を俺の指にはめて」
祭壇に残されたもう一つの指輪を手塚がリョーマに習って指で掴み、目の前に出された左手の薬指にはめる。
リョーマの場合もサイズが合っていなかったが、こちらも指の太さに合うように締まった。
「…これで儀式は終わりなのか?」
「ううん。国光、俺にキスしてくれる?」
言われたとおりに、目を閉じて少し顎を上げたリョーマに唇に自分の唇を重ねる。
ただ重ねるだけの口付け。
そっと離せば、リョーマはゆっくりと瞼を開き、柔らかな笑みを浮かべた。
「俺は永遠に国光だけのもの…この力も、この身体も全ては光の王の為だけのもの…」
呪文のようなリョーマの声は鍾乳洞に響き、最後に水の中へと吸い込まれた。
「これで、儀式は終わりだよ」
「これが儀式?」
指にはまる指輪を見つめる。
銀をそのまま指に巻きつけているよう。
けれど、見た目は重そうではあるが、指には何もはまっていないように感じる。
「この指輪は俺と国光を結ぶ証…契約の指輪だよ。死ぬまで決して抜けない」
周囲に見せつけるのと同時に、決して相手を裏切らない為の楔。
裏切りは決して許されない。
「…戻ろう。この城内の人々にもお前の姿をしっかりと見せなければならないしな」
手を差し出せば、当たり前のようにリョーマはその手を取った。
「うん。早く行こう」
幸せを絵に描いたような笑顔だった。




もうそろそろ終わる?